傀儡の恋
30
「やはり、ラクス・クラインも一緒にいたのか」
監視装置から送られてきた映像を確認して、ラウはそう呟く。
「アスランがいた以上、可能性は高いと思っていたがね」
彼女の名は未だにブルーコスモスの暗殺リストの上位に記されているらしい。もっとも、それはキラも同じことだ。
オーブにも連中の工作員がいる以上、神経質になっていたとしてもおかしくはないだろう。
しかし、だ。
今の彼女にどれだけの影響力があるだろうか。
「……プラントにはあの男がいるからな」
彼のことだ。ラクスの影響力を削ぐための手はずを整えつつあるはず。
それでも無視できないのは事実だろうが。それすらも自分に有利になるように動くはずだ。
もっとも、ラウにとってそれはどうでもいいことである。
いや、どうでもいいことだったと言うべきか。
今の自分に取ってみれば微妙な存在だ。
彼女が傷つけられれば、キラは間違いなく悲しむだろう。そんなキラを自分が見たくないのだ。
「難しいね」
キラを悲しませないためには、かつての友を出し抜かなければいけない。
だが、それは可能なのか。
自由に動けていた頃ですら『難しい』としか言えなかった。
あの男もまた、ラクスクラインとは別の意味でカリスマ性があったのだ。信奉者がそれなりにいる。しかも、全員が一癖も二癖もある厄介な者達なのだ。
自分が自由に動けるなら、それなりに人脈を作ることが可能だろうに。そこから打開策を模索することもだ。
今の自分が《一族》の鎖につながれているのは仕方がない。『今』という時間を与えてくれたのは――例え自分の本意ではないとは言え――間違いなく《一族》だから、だ。
それでも、と考えてしまうのはどうしてなのだろう。
「割り切れないことが増えてきたな」
残されている時間が区切られていない代わりに、と呟く。
「それも楽しまなければいけないのだろうがね」
自分には無理だ。
「本当に大切なものだけを守れればいいのに」
不可能だとはわかっていてもついついそうぼやいてしまう。それはわずかな時間とは言え、彼と会話を交わしたからか。
それだけでも愛しさが募る。
「君には重荷かもしれないけどね」
だが、この感情があるからこそ、自分は《生きて》いられるのだ。だから、とラウは呟いていた。
今日もふらりと海岸まで来てしまった。
ここにはあの船はいないとわかっているのに、とキラは微苦笑を浮かべる。
「どうして、あなたのことを思い出してしまうのでしょうね」
彼の面影を持った相手と出会ったからか。
そう言えば、彼は自分を『クローンだ』と言っていた。だとするならば、先日あった相手もその中の一人なのかもしれない。
「……僕は、あなた方にどんな償いを出来るのでしょうね」
顔も知らない父が犯した罪。
それを償う方法はあるのだろうか。
わからない、とキラは呟く。自分にはそのための知識がないのだ。
しかし、そのための知識を入手する方法はわかっている。それを実行できないのは、育ててくれた母が悲しむのではないか、とそう考えてしまうからだ。
「動かなければ、何も始まらない。それはわかっている」
幸いと言うべきか。カリダは子供達の世話でこちらに顔を出すのはまれだ。その間だけごまかせばいい。
そのためには必要なのは、やはりパソコンだろうか。
だが、それをどうすれば内密に入手できるのかがわからない。
「どうすればいいのかな」
小さな声でそう呟く。
この島を出れば可能なのか。それとも、その行為自体無駄なのかがわからない。
「僕は、何も知らない」
今、世界がどうなっているのかすら、とキラは呟く。
「そう言えばいいのか」
それとも反対されるのか。アスランとカガリは特に、自分をこの島に押し込めておきたいと思っているらしい。そんな彼らが許可を与えてくれるか。それはわからない。
だが、このままではだめなのではないか。
「そうだよね」
まずは小さなことから初めて見よう。そう呟く声はキラ以外には届かなかった。